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仙台高等裁判所 昭和30年(ラ)32号 決定 1957年4月15日

抗告人 星晴司

訴訟代理人 伊佐早信

相手方 農林大臣 井出一太郎

指定代理人 農林事務官 吉川正夫 外三名

主文

原決定を取り消す。

本件移送申立を却下する。

理由

本件抗告の理由は別紙書面記載のとおりである。

本件は抗告人が被告農林大臣を相手方として処分庁である同大臣のなした訴願裁決の無効確認を求めるいわゆる行政処分の無効確認訴訟であることは本件記録により明かなところである。

よつて本件の場合にいわゆる抗告訴訟に関する専属管轄の規定である行政事件訴訟特例法第四条の類推適用ありやについて考察する。

行政訴訟におけるいわゆる行政処分の無効確認訴訟は確認訴訟として本来はいわゆる抗告訴訟以外の公法上の権利関係に関する当事者訴訟であるから、その被告は権利又は法律関係の帰属主体であるべきである。しかしながら一方又無効確認訴訟は瑕疵ある行政処分自体の違法を攻撃してその効力のないことを確定するのであるから行政処分の効力自体を争うという実質的な面において抗告訴訟と極めて類似した性質のものというべきである。従つて行政訴訟上の便宜を考慮して特に定められたと認められる行政事件訴訟特例法の規定はそれが抗告訴訟に関するものであつても、もともと訴訟の仕方につきなんらの制限を受けることのない当事者訴訟としての性格に反しない限り無効確認訴訟にも類推適用するのが妥当である。抗告人が本件無効確認訴訟において権利の帰属主体である国を被告とせず、処分庁である農林大臣を相手方としているのも右の見地から行政事件訴訟特例法第三条の類推適用があるものとして許されるべきものである。しかし右は本来国を被告とすべきであるのを前記のような抗告訴訟との実質的類似性から処分庁を相手方とすることもできるという趣旨においての類推適用であつて右第三条がそのまま準用されるべきものではない。

それならば本件の場合のように無効確認訴訟において処分庁を被告とした場合にその裁判管轄をどのように考えるべきかという点についても前同様の見地から行政事件訴訟特例法第四条を類推適用して被告である行政庁の所在地の裁判所の管轄に属するものとするのが相当であると解される。しかしこの場合においてもかく扱うのが前記のような抗告訴訟との類似性から妥当であるという趣旨においての類推適用であつて、本来当事者訴訟として適用あるべき民事訴訟法の適用をも排除すべきものではない。即ち、同法第四条は行政庁である被告の普通裁判籍を定める限度において類推適用すべきものである。従つて本件の場合裁判管轄は行政庁の所在地の裁判所にあるものとしてもこれをその裁判所の専属とすべきいわれはない。右第四条は専属管轄とする限りにおいてはこれを類推適用すべきではないと解する。

以上のとおりであるなら本件無効確認訴訟の裁判管轄は相手方である農林大臣の所在地の裁判所である東京地方裁判所にあるとすることは正しいが、同裁判所に専属するものということはできない。従つて右無効確認訴訟が相被告山形県知事に対する行政処分取消訴訟と併合して提起されたものであることは記録上明かである以上抗告人主張のごとく民事訴訟法第二十一条の適用により右取消訴訟につき管轄権ある原審山形地方裁判所にも関連管轄を生じるものというべきである。

以上のとおりであるとするなら本件無効確認訴訟は東京地方裁判所の専属管轄であるとして原審の管轄を認めずこれを東京地方裁判所に移送した原決定は不当であり、取消を免れない。従つて本件移送申立は却下すべきである。

よつて民事訴訟法第四百十四条、第三百八十六条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 石井義彦 裁判官 上野正秋 裁判官 兼築義春)

抗告の理由

原審は行政事件訴訟特例法第四条は本来違法な行政処分の取消又は変更を求める訴訟について為された規定であるが、行政処分の無効確認を求める訴訟もその本質において取消訴訟のそれと類似しており同法第四条の規定を右無効確認訴訟の場合にも類推適用するのが正当と考えられるとし被告農林大臣の為した管轄違の抗弁並びに移送の申立を理由ありとした。

しかしながら本件は被告両名に対し被告農林大臣が訴外黒田義宝外二名の訴願につき昭和二十九年十月七日二九農地第六四一六号を以て為した訴願裁決の無効確認を求めるものであるから、行政事件訴訟特例法第二条の訴ではなく行政処分の無効確認を求める訴である。従つて同法第四条の適用又は準用がない。而して右法の類推適用ありとも解すべきでなく寧ろ無効確認訴訟における一個の無効行政処分について被告行政庁を相手方として訴訟を提起する場合に於ては法律上の利益ある限り数個の行政庁を相手方として訴を為し得るものとして取扱い、共同訴訟の要件を具備するに於てはその管轄権の存否につき民事訴訟法第二十一条に所謂一の訴を以て数個の請求を為すことが出来るものと解するのが相当である(本条の判例については訴の客観的併合の場合は勿論相手方相互間に同法第五十九条の牽聯関係存する場合に於ては主観的併合をも包含すると解すべきこと確定している)。従つて本件訴の場合被告山形県知事に対する請求につき管轄権を有する山形地方裁判所に農林大臣に対する無効確認請求についても関聯管轄が発生したものと解すべきである。行政処分の取消を求める同法第二条の訴と行政処分の無効確認を求める訴とは全然本質を異にする別異の訴であり類似せざるものなること前記の如くであるのに、原審は何等依拠するところなく漫然類似して居るものとなし同法第四条が類推適用あるものとなしたのは頗る不当である。若し原審の如き見解ならんには行政処分無効確認の訴に独り同法第四条の規定のみならず同法第二条、第五条等も類推適用せざるを得ないから、その見解の失当なことは言を俟たない(同法第六条第一項の規定は行政処分無効確認の訴にも準用ありとの判例に徴しても同法第四条の類推適用なきものなること察知するに難くない)。よつて原決定を取消し被告農林大臣の移送申立を却下するとの裁判を求める次第である。

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